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日本で初めて営業を教える大学院教授に。
キャリアからひも解く営業メソッドの根幹

評価
北澤氏

優れた営業戦略・戦術を導く「北澤モデル」を確立し、役員や部長などの営業幹部や営業リーダー育成の第1人者として活躍する北澤 孝太郎氏。
これまで自身が歩んできたキャリアについて振り返りながら、北澤氏が営業時代に経験の中から得られた学びや日々の仕事を考えるためのヒントなどについて語っていただいた。

【1】波乱万丈!営業目標60カ月連続達成、一方で事業売却も経験

ご自身の経歴について教えていただけますでしょうか。

父親がカメラマンだったこともあり、クリエイティブなコピーライターを志望し、神戸大学卒業後、1985年に株式会社リクルート(現 株式会社リクルートホールディングス)へ入社しました。その当時一番クリエイティブが発揮できるということで、教育関連の事業部に配属してもらったのです。
しかし、その後すぐに、リクルートが全社を挙げて取り組んだ通信の新規事業部門に異動、そこで初めて営業パーソンとしての活動がスタートします。
正直自分でもよく分かりませんが、最初から不思議と売れまして(笑)。1年目の2月に神戸開拓を1人で任されることになったのです。

その数年後には、格安で使える企業内線電話サービスを開発・販売する事業部で営業課長になり、新規だけの営業を5年間続けました。
ちょうど世の中がバブルの時期で、他の事業部では何億という商売を手掛ける中、私は年間通信費を50万円削減するという不要不急の商材を売らないといけなかった。

正直かなりつらい時期でしたが、そこで新規だけで5年間、60カ月連続達成を成し遂げたのです。
メンバーに迷惑をかけることも多かったのですが、死んでもやると決めていました。みんなも、物凄く頑張ってくれました。一番営業力が身についたのはこの時期だと感じています。
その後、いくつかの部署を経て2005年に日本テレコムに転職することになったのです。

通信サービスが商材の事業ご出身だからこそ、通信業界への転職だったわけでしょうか。

リクルート時代にお世話になった方から声をかけていただいたのがきっかけです。そこで、1000人を超える部下がいる営業本部長を経て、予算1800億円の音声事業部本部長を任せていただきました。
しかし、ソフトバンクが携帯事業に本腰を入れるタイミングで退職、寄付型モバイルECサイトの事業を起こしましたが、出資先がリーマンショックの影響を受けて事業を売却することに。
その後、丸善株式会社執行役員やフライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社でコンサルタントを経験し、現在は、独立し、企業の営業役員や部長職など営業リーダーを教える研修やコンサルを個人で企業から請け負っています。

そもそも書籍を書こうと考えたのは、外資系コンサルタントとして働いているときの辛い経験が大きい。
私のような積み上げのない転職組が、外資系のコンサルタントとして生き延びていくには、本を書いて売れる、要するに世間から認められること。でなければ、ほとんどが奴隷扱いなんです。給料を新入社員並みに下げられ、虐められる。それが、書籍出版のきっかけでした。

本「リーダーのための教科書」

営業関連の書籍を執筆されたのはそういう理由があったのですね。

それまで、私自身のことや私の営業ストーリーがいろんな書籍やメディアに登場させていただいていたこともあり、その伝手で新潮社の編集長や東洋経済の方をご紹介いただくことができました。そこで企画書を書いて見せたところ、面白いということで採用されたのです。

そこで「営業部はバカなのか」を新潮新書で、「優れた営業リーダーの教科書~営業戦略・戦術から人間力構築まで~」を東洋経済新報社から出させていただきました。本当は同時に出版したかったのですが、いきなりの新人が300ページを超えるような本を書いても売れないのは分かっていました。
そこで、ページ数の少ない新書の「営業部はバカなのか」を、まず上梓し、その後、研修の教科書としても活用していただける「優れた営業リーダーの教科書」を出したのです。その途中で、「営業部はバカなのか」が思い切り売れたことがきっかけで、東京工業大学から連絡をいただきました。

大学院で、日本で初めてで唯一の営業の授業をやろうと考えていると相談を受け、“あの池上彰先生と同じ特任教授というポジションで”ということが決め手となって、ぜひ引き受けてみようと(笑)。今は東京工業大学大学院でMBAクラス営業戦略・組織を担当しています。

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