1. 営業サプリコラムTOP
  2. キーパーソンインタビュー の記事一覧
  3. “お地蔵さん”と呼ばれた私が一人前の営業になるまでの軌跡

“お地蔵さん”と呼ばれた私が一人前の営業になるまでの軌跡

【2】「それでも営業か!」激怒されたことが変わるきっかけに

朝田氏顔写真

苦手意識のあった営業をスタートした当時はどんな状況だったのでしょうか。

最初の飛び込み営業の時は、お客様の前で全然しゃべることができず“お地蔵さん”というあだ名を頂戴しました(笑)。
1日100件を目標に飛び込むのですが、目線が合わないよう大きな麦わら帽子をかぶり、見本誌に自分の名刺を張り付けて置いて帰るだけ。まさに人間DMでした。
しかも、飛び込んでチラシを置いてくるだけなら、午前中で100件は終わってしまう。でも午前中ではオフィスに戻れないし、喫茶店でサボる勇気もありません。結局営業担当エリアをうろつき、さも疲れた顔をして帰ってくるなんてことも。

初受注は、新人40人の中で38番目でした。3カ月やりましたが、憧れの営業は、達成感もなく自己嫌悪で一杯でした。
毎日100本ノックをやっているようなものなので、今考えるとこの飛び込みがあったから怖いものがなくなったような気もしますが、当時はダメダメでしたね。
今、研修の受講者にこの話をすると「お地蔵さんだったなんて、信じられない!」とびっくりされますけれど(笑)。

何か変わるきっかけがあったのでしょうか。

1年目の秋に通信事業部へ配属になり、“ここからが本番”だと気持ちを切り替えました。
それまでは飛び込みでしたが、今度は電話でアポを取り訪問する営業になったことで、アプローチも一新したのです。しかも、リクルートで新規事業を始めましたと電話すると、結構な確率でアポイントがとれました。

でも、客先に行くと以前同様、全然しゃべれない。デジタルについて詳しくないし、相手は情報システム部門の部長だったりすると、もう大緊張で世間話のひとつもできない。
名刺交換したあと、何かしゃべってくれるのを待っていたら3分ぐらい沈黙が続いたことも。
そのうち沈黙に耐えきれず、商品説明もしないままに唐突に見積もりの話なんてするものだから、当然2回目のアポイントがとれないという悪循環に。

当時は、デジタルの世界に興味もないし、面白くもなく、お客様とはうまく会話が続かない。しかも周りの営業は、弁の立つすごい人ばかり。
だんだん自分が嫌になっていって、負のスパイラルに入っていきました。そんな時、ある先輩から胸ぐらをつかまれて怒鳴られるという事件があり、それがきっかけとなり、変わっていったような気がします。

朝田氏顔写真

相当なことがないと胸ぐらをつかまれることはなさそうですが。

その出来事がなければ、今の仕事はしていなかったように思います。
すごい先輩や同僚がたくさんいて、そこに不甲斐ない私がいること自体、いたたまれない状況でした。
最終日などは行き場がなくて、行先ボードに適当な社名を書いて出かけ、5時の営業締めの直前は、何とか時間をやり過ごそうとリストアップのふり。
すると、達成している先輩から「お前、何やっている?」「今日は何の日だ?」「数字は達成してるのか?」と問われるわけです。そこで達成していないことを伝えた途端、「お前、それでも営業か!」って胸ぐらをつかまれました。

営業所に響き渡る大声で怒鳴られたのですが、悔しいけど自分がやり切っていないことはよく分かっていたので、何も言い返せませんでした。
でも、そのことがあった翌日から、リストアップしてアポ取って、ロープレしてもらって営業に行くという、自分が嫌でやらなかったことを、ひたすら愚直にやるようになったのです。それを続けているうちに、仕事がだんだん面白くなっていき、何とか売れるようになっていきました。
やるんだとしたら、目の前にあることをやるしかないわけです。
蛇足ですが、当時、キャッチセールスに遭って100万円もの借金があった私に、やめるという選択肢はなかったんですけどね(笑)。

この記事の情報は公開時点のものです。